藤田 真樹(法曹養成研究科)
「ダイバーシティーと会社法:米国の近年の取組を中心として」

大发888体育_dafa888唯一登录网站-【官方认证】5年度第5回祝祷音楽法要文化講演
(2023年11月15日)

1.はじめに

近年、世界的に上場企業を中心として、女性を中心とする社会的マイノリティーから企業役員に登用しようとする取組みが加速している。米国においても、州レベルでは、加州を中心に、罰則付きで、上場企業の取締役会の構成員に女性を中心とする過小評価グループ出身取締役の割当を義務化する動きがあるのに対して、連邦レベルでは、過小評価グループ出身の取締役選任へ向け、情報開示制度を充実させる動きが見られる。本報告では、会社法の見地より、米国の企業役員の多様化へ向けた取組みの展開、課題と議論について検討し、わが国の政策に対する若干の私見を提示することを目的とする。

2.諸外国の企業役員の多様化へ向けた取組み

諸外国の女性を中心とする過小評価グループの企業役員への選任を促す取組みとして、①罰則付きで割当制度を導入するノルウェーやEU加盟国を中心とするアプローチ、②コーポレートガバナンス?コード等、ソフト?ローによって一定数の過小評価グループ出身役員の選任を求め、遵守できない場合には、その理由についての説明を求める、英国を中心とした Comply or Explain の情報開示を通じたアプローチ等がある。

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3.米国の企業役員の多様化に関する取組の展開

米国の取締役会の多様化の背景には、①組織の中での差別の解消、②モニタリングを中心とするコーポレート?ガバナンスの強化の二つの流れがある。米国では1970年代までに、経済法の整備、家計による株式所有の増加に伴う所有と経営の分離、公民権運動等の影響を受け、取締役会主導のステークホルダーの利益を重視した企業経営が確立された。しかし1980年代になると、産業構造転換に伴うM&Aの増加を受け、社外取締役を中心とする取締役会主導の株主利益の最大化へ向けた企業経営への転換が見られた。もっとも2000年代になるとリーマン?ショック等の影響を受け、投資家、経営者の近視眼的な経営の抑止に関する議論が活発化し、同質集団の取締役によるモニタリングの機能不全について議論されるようになった。他方、国連は、2006年に金融業界に向け、ESG 課題を受託者責任の範囲内で反映すべく責任投資原則を提唱した。これを受け、機関投資家等は、社外取締役の形式的な数のみならず、その属性についても着目するようになり、連邦証券取引委員会(SEC)も2009年規則の改正(Regulation S-K)で、企業に役員の多様化へ向けた取組みの開示を義務付けた。ただし、SEC は多様性の定義を、各企業に委ねることで、敢えて広い裁量の余地を与えた。以上のように、米国の取締役会の多様化はモニタリングの強化を主目的とするが、近年は機関投資家等のDEIへ向けたエンゲージメントの強化の影響も見られる。

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4.加州の割当制度の伝播と連邦証券取引所法改正へ向けた動き

加州は、2018年以降、罰則付きで会社法を改正し、同州に本店を置く上場企業に対して、取締役会の規模に応じた数のマイノリティー出身取締役の選任を義務付けた(SB-826, AB-979)。加州の取組みは他州へ伝播する傾向がある。割当制度の背景には、近年米国において性別や人種による経済格差が深刻化し#Me Too 運動や Black Lives Matter 等の社会運動の活発化があると指摘される。連邦レベルでは1934年連邦証券取引所法を改正し、SEC に多様性諮問委員会を設置し、役員の多様性に関する情報開示を充実させるべく「多様性を通じた企業統治改革(the Corporate Governance Thorough Diversity Act)」が提出されている。州の割当制度はEUの割当制度をモデルとしているのに対し、連邦の取組みは英国の Comply or Explain 類似の情報開示モデルを採用しているといった相違がある。

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5. 取締役会の多様化をめぐる課題と議論

米国において、企業役員の多様化に関しては、加州のマイノリティー取締役の割当制度の導入を契機として、議論が活性化した。加州の割当制度については、①憲法の平等原則および、会社の内部事項は利害が対立するため一つの州のみが規制権限を有すべきとする抵触法上の内部事項の理論に反する、②調査時点で企業価値との間に正の相関が見られず、時価総額の大きな上場企業は改正法を遵守せず罰金を払う、または本店所在地を他州に移す可能性があるとする課題等が指摘されている。政策論的な見地からは、①加州の割当制度が米国全体に与える影響は限定的であるため、機関投資家等の自主的な取組みに委ねるべきとする見解、②現在の機関投資家等の多様性に向けた流れが維持される保証はないことから、法規制と機関投資家等の官民共同の取組が必要であるとする見解、③SEC の多様性の定義を明確化し情報開示制度の充実により、形骸化を防止しつつ実質的な意味での多様化を促進すべきとする見解、④会社法の忠実義務の遵守により公民権法等の差別の撤廃へ向けた措置が強制され、経営判断原則によって包摂性、寛容性、多様性が高まるとする見解等が主張されている。

6.わが国の現状と課題

わが国の取締役会の多様化の取組について検討すると、①内閣による女性役員比率の目標の設定、②育児のために必要な休暇?フレックスな勤務時間を整えるため育児?介護休業法等を改正し、③女性のロールモデルを育成するために取締役会の席を女性に開放するために、社外取締役の設置を義務化しつつ、④東京証券取引所の CGC や、上場規則を改正し、上場廃止を伴うサンクションを下に、内閣の設定した比率を目標として、女性企業役員の比率の増大を図ってきたものであり、⑤内閣府や業界団体における女性を中心とするマイノリティー出身取締役候補者名簿の作成も見られる。概して、わが国の企業役員の多様化へ向けた取組みは、法制度と民間部門の共同による官民を挙げた取組みであると評価できる。しかし、わが国の女性役員の比率は上昇傾向にあるが、諸外国と比較した場合、依然として低い。

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7.若干の私見(結びに代えて)

わが国の企業役員の比率を向上させるには、どのような手段が考えられるか。わが国においては、都道府県毎に会社法は異ならず抵触法上の問題は生じないことから、加州同様に、法律で一定割合の女性取締役を罰則付きで導入する方向性も考えられる。しかし、この場合、わが国においても憲法14条の平等原則に抵触する可能性がある。そこで、わが国においては、既に行われている企業役員の多様化に関する官民共同の取組みに加えて、米国の④の政策論を参考として、善管注意義務、忠実義務の解釈論を通じて取締役会の多様化を図っていくことも考えられる。まず、企業経営陣は、会社法の法令遵守義務(会社355条)、内部統制システム構築義務(会社348条3項4号?362条4項6号?362条5項?399条の13第1項1号ロハ)を通じて、差別の撤廃へ向けた最低限の法令である男女雇用機会均等法や、育児休業法等の遵守が義務付けられる。次に、わが国の企業法の通説的な見解によれば、経営陣の善管注意義務(会社330条?民644条)と関連して、その行為規範として、株主第一主義(株主利益最大化原則)が求められると一般にいわれる(会社105条2項)。わが国においては、女性役員の導入が企業価値に与える影響に関する調査は未だ多くなく、女性取締役の増加と企業価値の増加に関する相関について未だ十分に検討されていないため問題となる。もっともこれについては、大发888体育_dafa888唯一登录网站-【官方认证】元年改正会社法では、少子高齢化におけるノーマライゼーションやソーシャルインクルージョンの見地から、取締役の欠格事由から、成年被後見人、成年被保佐人が外された(会社331条)。また、法人による政党への政治献金について定款の目的の範囲外であるとして株主代表訴訟の形式で争われた事件において、法人は社会的実在であることを強調し、直ちに株主利益に繋がらない取締役の会社資金の拠出についても、その裁量を広く認め違法ではないとした判例がある(最大昭和45年6月24日民集24巻6号625頁)。以上を考慮すれば、経営陣は、取締役の多様化へ向けた法令遵守以上の拠出を行っても、株主代表訴訟から保護されると解する余地はあろう。


【主要参考文献】

?藤田真樹「ESG と米国会社法の信認義務:DEI に関する議論を手掛かりとして」駒澤法曹第19号(2023年3月)217頁以下

?藤田真樹「わが国の企業役員の多様化へ向けた近年の取組みと課題:SB-826の起草者ハンナ?ベス?ジャクソン元上院議員へのインタビュー調査の結果を踏まえて」駒澤法曹20号(2024年3月)205頁以下

※本講演は、他の学会で報告した内容と重複があります。

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