内海 麻利(法学部政治学科)
「決定の正当化技術」
大发888体育_dafa888唯一登录网站-【官方认证】4年度第5回祝祷音楽法要文化講演
(2022年11月15日)
ただいま紹介に預かりました法学部政治学科の内海でございます。
本日は、『決定の正当化技術』[1]という拙著についてお話しさせていただきます。この拙著は大发888体育_dafa888唯一登录网站-【官方认证】4年6月に日本都市計画学会論文賞、そして、9月に自治体学会研究論文賞を受賞いたしました。
私は、都市政策、都市計画、地方行政を専門としており、都市計画に関する政府の決定過程に立ち会ってきました。例えば、都市計画審議会、住民参加による計画や条例策定の委員会などです。そのなかで、中央政府、地方政府の決定に際して住民や地権者から不満や反対意見といった異論が噴出することがままありました。例えば、マンション建設や再開発、住宅団地の事業計画に対して、日照の悪化や交通渋滞、緑地の減少など、住環境保護の観点からの異論が噴出します。逆に、住環境や景観を維持するために高さ制限を制限する計画を策定する際には、地権者の利益擁護の観点から異論が出されます。また、決定手続の不備を指摘する異論が出されることも少なくありません。そして近年、決定者の説明責任が問われるなかで、また、参加手続が充実されることで、こうした異論の噴出の場面が増えています。
こうした異論に対して中央政府や地方政府は、社会や人々を納得させる理由を自ら持ち出し、それを用いることで異論を退け、決定を正当化します。しかし、それだけではありません。ときには政府は、決定内容は変えないものの、抵抗者から出された異論を用いて理由とする場合もあれば、逆に異論を受け入れ決定内容を変更することで決定を正当化することもあります。
このような場面に数多く直面するなかで、決定が社会や人々に対して説得力を持つようにするための理由(以下「正当化理由」)を用いて決定を正当化しようという政府の行為が、決定そのものにも影響を与え、都市計画はもとより、人々の生業や生活、さらには個人の財産をも左右する、非常に重要なものではないかと考えるようになりました。また逆に、政府が正当化に失敗すれば、こうした正当化理由を持ち出す行為そのものが政府への信頼を失墜させてしまうこともあります。
こうした問題関心から、本研究は、決定を正当化するために「正当化理由」を用いる政府の行為形態を「正当化技術」と捉えて、2つの目的を設定しました。第一の目的は、この「正当化技術」を実証的に解明することであり、第二の目的は、市民の参加や社会の価値観が政府の決定にどのように影響力を持ちうるのかを「正当化技術」によって説明することです。
それでは、本論文の構成と各内容について概観していきます。本論文は、5部構成となっています(本書の構成については図1参照)。
第Ⅰ部では、主に本研究の枠組みを示していいます。具体的には、本研究の目的と問題関心、研究の方法、対象を明確にし、先行研究との関係において本研究の意義を述べています。特に、先にご紹介しました「正当化理由」「正当化技術」という本研究の主要な概念を提示した上で、目的を達成するための二つの「問い」を設定しています。第一の問いは、「政府はどのように決定を正当化するのか」というものです。この問いに対して、正当化理由がいつ決定されるのか(時期の特定)、正当化理由が誰によってもたらされ(理由の源泉)、政府が何をもって正当化理由とするのか(理由の選択)、という3つの視点から、正当化技術を検討する方法を説明しています。
第二の問いは、「なぜ、特定の正当化技術になるのか」というものです。正当化技術は種々の要因に影響を受けると考えられます。したがって、正当化技術に影響を与える要素を設定し、この要素と正当化技術との関係を検討する枠組みを説明しています。具体的には、2つの要素を設定しています。一つは、参加が影響を与えるのではないかという理由から、決定に対する市民の権力の強さをメルクマールとする「参加形態」と、いま一つは、社会に流布する社会通念である「基底価値」です。
また、第Ⅰ部では、本研究の素材と対象についても説明しています。まず、本研究の素材は、日仏の都市計画で、なかでも「即地的詳細計画」の策定手続を分析しています。日本では地区計画、フランスでは都市計画ローカルプラン(PLU)がそれに該当します。これらを素材とする理由ですが、これらの計画は、人々を規制し、拘束する地域に身近な計画だからです。つまり、政府の決定への抵抗、すなわち異論が顕在化しやすい制度といえます。そして、なぜ、日本とフランスのこれらの計画を対象としたかという点ですが、これらの計画制度は、日仏ともに多元的な参加を可能にしている点で類似しています。しかし「参加形態」については、地区計画と PLUはともに「参画」の制度ですが、日本の場合、地区で同意調達をする「自治」という形態を内包しているという違いがあります。一方、「基底価値」については、日本の都市計画法制では「個別権利利益優先」という価値観重視され、フランスの都市計画法制度は、「一般公益優先」(一般利益 intérêt general)という価値観に基づき運用されるという相違点が考えられます。こうした要素の相違点によって前記の2つの問いに答えるための政府の行為の違いを確認できると考えました。次に、研究の対象ですが、本研究は、地方政府によって計画が参加制度に基づいて策定され決定される運用の場面、すなわち法律の「執行過程」が主な対象となります。しかし、こうした制度創設の過程も重要と考え、中央政府の「立法過程」も検討しています。
第Ⅱ部では、第Ⅲ部と第Ⅳ部で行う実証研究の前提として、第Ⅰ部で設定した研究素材と対象の適切性を確認しています。そして、第Ⅲ部と第Ⅳ部では事例を分析する実証研究を行なっています。第Ⅲ部は、立法過程の検討で、地区計画とPLUという制度の創設に至る経緯を国会審議の場面に見ています。そして、参加制度を含む計画制度の策定手続において法案の決定が中央政府によってどのように正当化されたのかを分析しています。次に、第Ⅳ部は、執行過程の検討をしており、地区計画とPLUの策定過程を素材にして、地方政府の正当化技術を分析しています。日仏ともにこれらの計画の策定にかかわる傾向を全国自治体へのアンケート調査等により概観した上で、日本では、浦安市、フランスでは、トゥールーズ市に何度も通い詰めて、地区計画とPLUが策定される過程、そして、決定の場面に立会い、それぞれの決定で地方政府がどのような正当化理由をどのように持ち出したのかの実態を調査し、分析しました。
そして第Ⅴ部では、第Ⅲ部と第Ⅳ部の分析を踏まえて、第Ⅰ部で設定した2つの「問い」に基づき本研究で得られた知見をまとめています。要約すると第一の問い「政府はどのように決定を正当化するのか」については以下の5つの点を明らかにしています。
一つ目は、「正当化理由の決定」が存在するという点です。本研究では、政府の決定過程でこれまで一括りにされていた「決定」を「実体的決定」「公的決定」「正当化理由の決定」に分けて分析する枠組みを示し実証ました。具体的には、日仏の政府は、全ての異論に対して、「正当化理由」を検討し、内容と持ち出し方を決定し、示している実態を確認できました。また、この「正当化理由の決定」によって「実体的決定」「公的決定」を変更する実態があることを確認することができました。つまり、正当化理由の決定によっては人々の生活に影響を与えるということを示したといえます。
二つ目は、正当化技術の5つの型の提示です。正当化理由の「時期の特定」、「理由の源泉」、そして政府による「理由の選択」という3つの視点から「法解釈型」「専門知型」「実績型」「依存型」「妥協型」という5つの「正当化技術」の型を提示しました。
三つ目は、「正当化技術の主観的側面ですが、哲学的概念[2]を用いて、「正当化技術」を「正当化理由」という客観的な側面とこれを持ち出す「政府の知能?技能」という主観的な側面に分けて検討する枠組みを示ました。そして、正当化技術の5つの型は、決定の場面の権力の所在によって、正当化理由を用いる際の政府の主観的な側面に働き影響を受けることを根拠づけました。具体的には、自主的?自律的側面が働く場合は、「法解釈型」「専門知型」「実績型」となり、他律的側面が働く場合は「依存型」となり、屈服の側面が働く場合は「妥協型」になるということを確認することができました。四つ目に、従来「合理性」によって説明されてきた正当化の論拠を正当化技術の5類型を示すことで、より明確に説明するとともに、「合理性」だけでは説明しにくい「実績型」「妥協型」の存在を示しました。
最後の五つ目については、政府が、実体的決定を修正してまでも、政府自らの正統性を確保することがあるという実態を明らかにしました。以上の得られた知見から、政府の決定の正当化を「正当化技術」という観点から解明したことで決定というのみでは明らかにならない政府の行為形態を明確にできたと考えています。
次に、第二の問い「なぜ、特定の正当化技術になるのか」に対して、以下の2つの点から正当化メカニズムを解明しました。
一つ目は、多元的参加が進行し、計画の決定に参加者の権力がおよぶ場合には、この権力が政府の正当化技術の主観的な側面に作用し参加者の意思や行為が政府の決定の正当化に影響を与えているという点です。つまり、参加形態から生じる権力の所在の違いが、政府の正当化技術に影響を与えるというメカニズムを解き明かすことができたといえます。二つ目は、都市計画を素材とした本研究の限りではありますが、「個別権利利益優先」「一般公益優先」に関する理由を持ち出して決定を正当化している実態を確認することができました。つまり、基底価値の違いが正当化技術に影響を与えるという関係を実証することができたといえます。
本研究は、決定が社会や人々に対して説得力をもつようにするための理由、すなわち「正当化理由」について検討をしました。こうした研究は学際的なテーマであるがゆえに世界的にみても研究蓄積が少なく、それゆえ、本研究においても、そのほんの一部を解明したに過ぎません。しかし、持続可能な社会を構築するために、変化が求められる今日、多くの「決定」が不可欠です。このようななかで、「正当化理由」を用いて決定することの重要性が伝われば幸いです。
「人々に対して説得力をもつ理由を示していく」このことを、研究者としても、教員としても重要な課題として捉え都市政策をはじめ、こした決定の構造や内容をさらに深めてまいりたいと思っているところです。以上です。
ご静聴ありがとうございました。