黒い雪玉 : 日本との戦争を描く中国語圏作品集(加藤三由紀 編)

眼横鼻直(教員おすすめ図書)
Date:2025.11.01

書名 「黒い雪玉 : 日本との戦争を描く中国語圏作品集
著者 加藤 三由紀(編)
出版社 中国文庫
出版年 2022年
請求番号 928/33
Kompass書誌情報

黒(ヘイ)は牛でも、馬でもない。黒は人で、黒は女八路で、黒は漢奸で、黒はいい人で、黒は悪い人だ。

本書所収の一篇「黒(ヘイ)」の語り手は9歳の少年サンです。女八路とは八路軍(華北の共産党軍)の女性兵士のこと。漢奸とは中華民族を裏切った者を指します。日本軍と傀儡政府軍の支配に、八路軍は農民を組織して抵抗していました。

ある日、黒(ヘイ)が抗日政府から村に派遣され、サンの家に住むことになります。黒は八路なのに軍服は着ず、毎日家でサンとおしゃべりしています。サンを幼い弟のように可愛がり、外の世界のいろいろな話を聴かせてくれます。そんな黒に女性らしさを仄かに感じる自分に戸惑いながら、サンも黒と楽しく日々を過ごします。時どき抗日政府の范さんが家に来ると、黒は着飾って、傀儡政府のある街へ出かけていきます。これが黒の任務でした。帰ってくると敵の掃蕩の情報を村に伝え、そのつど人びとは難を逃れます。

しかし突然、黒は范さんに連行されます。二重スパイの嫌疑でした。証拠はありませんでしたが、上から催促されて報告を急いだのです。村に異を唱える人はいませんでした。

その後、黒がどうなったかは本書をお読みください。連行前夜、黒はサンに、もし人間以外のものになれと言われたら、風になりたいと言います。

侵略者を駆逐する戦争は神聖なものです。神聖さゆえに、黒は人生を差し出し、人びとも黒に救いの手を伸べませんでした。人間であることを許されなかった黒は、村人を殺しにくる敵からも、自分を頼る味方からも、使い捨てる抗日組織からも自由な、風になりたいと願ったのです。朝が来るまでの束の間、自由は私のものだという強い覚悟が会話から滲みます。

本書は、日本が強いた苛烈な境遇下で、またその記憶を受け継いだ後の世に、中国語圏の作家や詩人が紡いだ作品を多数収めています。80年を経てなお戦争の絶えない今日、戦争が人間に何をもたらすかを考える一助となるでしょう。

総合教育研究部 教授 塩旗 伸一郎 

< 前の記事へ

大发888体育_dafa888唯一登录网站-【官方认证】