平成28年度 9月学位記授与式(卒業式)総長祝辞
本日晴れてご卒業になる68名(内1名法科大学院)の皆さん、ご卒業おめでとうございます。また、この日を楽しみに長い間ご子女の学業成就を物心両面からご支援下さった保護者、ご親族の皆様方に対し、ご列席の来賓各位と共に心からお祝い申し上げ、慎んで感謝申し上げる次第です。
卒業生の皆さん、本学でのキャンパスライフはいかがでしたか。専攻学部学科の講義やゼミ、課外活動やサークル活動で存分に最新の学術や技能を身につけることができましたか。本学で学び得た新しい知見や技能をそれぞれ進まれる社会で実践できる期待感で皆さんの胸は一杯であろうと拝察します。
いうまでもないことですが、社会の現実は大学生活のように平穏無事に過ごせるものとは限りません。国の内外には難題が山積しています。少子高齢化が急速に進む社会構造の変化は、否応なしにパラダイムの転換を迫っています。また、すでに5年半が経った東日本大震災、大津波、東電の原発事故、さらには直近の熊本大地震、たび重なる台風で起った河川の氾濫、土石流災害からの復興事業や生活再建は思うに任せず、人々は途方に暮れています。一方で、自分さえ良ければいい、自分たちだけ得をすれば後はどうなっても構わないという人が増え、現代人の資質は極度の劣化を来たしています。グローバル化する格差社会で子供の貧困が進み、さらには家庭の、教育の、介護の現場では、育児放棄や虐待、いじめ、体罰、暴行、殺傷事件が頻発しています。
国外に目を転ずれば、長年にわたる隣国諸国との難しい外交問題があり、さらにはISなどの過激派集団が世界中に拡散するテロリズムが終りなき報復戦争をエスカレートさせています。また、半世紀以上も前から『サイレントスプリング』(沈黙の春)、『複合汚染』『苦海浄土』などの高著が告発した環境問題はいまだに解決を見ず、生態系に異変を生じ、温暖化、異常気象は地球規模で進行し、今や環境保全は急務の課題です。はたして人類は生き残れるのでしょうか。正に私たちの叡智が試されているのです。
昨年5月77歳の生涯を閉じた詩人の長田弘氏は詩人特有のハートフルな感性で「新しい真実なんかない、変わらない真実が忘れられているだけだ」と断言しました。顧みるに釈尊は菩提樹下でそれまで誰も気づかなかった真実を発見したのですが、ブッダ、目覚めた人とは「古い城の発見者」に他ならないといいます。釈尊の発見した変わらない真実とは、現前しているすべてのものは例外なくあるべき原因や条件によって存在するという縁起の理法に他なりません。アインシュタインの予言通り、13億年前に発生した重力波の観測に成功した最近の科学者の発見も、私にはどこか釈尊のさとりに似ているように感じられます。
永平寺を開かれた道元禅師は、先ず自ら姿勢を正し、吸う息吐く息を 臍下丹田で腹式呼吸に調え、心を澄ませて生かされているいのちの尊さに気づくこと、人生の一大事とはそういうことだと教えます。本学で坐禅の教えを学んだ皆さんは、いつもこの真実を忘れないようにして、どんな困難に出会っても逃げることなく現実をしっかり受けとめ、世の為に、人の為になる道を力強く歩んで行って欲しいと願います。全ては己れの生き方一つにかかっている道理です。
各界で雄飛されるであろう皆さんの、たくましくかつ美しい将来の姿に想いをはせつつ、一言祝辞といたします。
平成28年9月17日
学校法人駒澤大学
総長 池田 魯參